木馬新聞

神戸のジャズ喫茶木馬の愛想も上々新聞です

「レコード買います」―私のモノーラル盤収集記(2)―村上 謙

その2

 中古ジャズレコードを買い始めて気付いた面白さがある。それは、ジャケットやレーベルに書き込みがあったり、かつての所有者のスタンプが押されていたりすることである。たまに演奏者のサインもあったりする。私もかつてカウント・ベイシーやクリス・コナーのサイン入りの盤を見かけたことがある。ただ、その店ではどちらも単なる「ジャケット書き込みあり」の扱いであったから、ひょっとすると贋物だったのかもしれない。本物を見たことがない私にも読めるように書いてあったのだから、十分ありうることである。後日、ベイシーの本物のサインを見る機会があったが、「Basie」とずいぶん端整に書かれており、よく似ている。やはり買っておけばよかったかな、と少し後悔した。
 CDジャケットだって、サイン程度はたまに書かれてあるが、やはり見ごたえがあるのは30センチ角のレコードジャケット。いろいろな情報が詰まっていることが多い。

 例えば、手元に一枚の古いオリジナル盤があるとする。正規輸入盤であった場合、輸入元のシールが貼られている。今から5、60年前、1ドル=360円時代の正規盤である。取り扱えるところも限られているから、店側もシールの一枚くらい貼りたくなるというものだ。そのシールに、3本の音叉のモチーフとともに「NIPPON GAKKI」とあれば、ヤマハが輸入したのだな、とわかるし、この盤は銀座店で買ったのかな、などと想像をたくましくする。
 そういう「伝世品」はターンテーブルにもよく乗せられたのであろう、ジャケットは薄くなり、セロテープが貼られ、肝心の盤面も傷だらけであるが、驚くことに、音飛びすることはないし、ノイズもごくわずかで、聞いていると知らず知らずのうちにオリジナル盤特有のキレのよさに耳を奪われてしまう。また、長年かけているうちに、センターホールの周りに傷(いわゆる「ヒゲ」)がつくのだが、それも皆無である。
 これは間違いなくプロの仕業だ。
 おそらくジャズ喫茶の店主が購入したものにちがいない。
と、推測したところでよく見てみると、案の定、「Suidobashi swing」のスタンプが押されている。東京の水道橋にあったジャズ喫茶で、村上春樹も一時期、店員だったことのある老舗。世間の好みがモダン・ジャズ、ハード・バップ、フリーと移り変わってもスイング・ジャズをかけ続けた店として知られる。1957年開店。そしてそれは奇しくも、このレコードの録音年と同じであったりするのだ。
 Bobby HackettとJack Teagardenによる『Jazz Ultimate』。ディキシーランド・ジャズ屈指の名盤である。