木馬新聞

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「レコード買います」―私のモノーラル盤収集記―村上 謙

その1

 ニューオリンズ・ジャズのトランペット奏者にバンク・ジョンソン(1879~1949)という人がいる。
 アメリカンミュージック(AM)という海外レーベルから彼のCDがまとまって出ていることは知っていた。主なサイドメンはジョージ・ルイス(cl)やジム・ロビンソン(tb)、ローレンス・マレッロ(banjo、なんともニューオリンズらしい楽器ではないか!)など、当地を代表する名手たちである。しかしながら録音が古いうえ、リマスターもすこぶる悪い。手持ちのCDの中ではデルマーク盤の『Last testament』というCDが出色の出来だが、まともなものをもっと聞きたいなあ、と長らく思っていた。ところが、レコード収集を始めてみると、あっけなく向こうから飛び込んできた。私が単に知らなかっただけだったのだ。
 このバンク・ジョンソン、逸話には事欠かない人で、サイドメンの悪口を言い続けたり、お客とけんかしたりと、ボスとしてはやりたい放題だったようだ。結局、みんなに逃げられて仕事を失い、何年ものあいだトラックの運転手をして糊口をしのがなくてはならなかった。レコード会社の人々に「再発見」されたときにはトランペッターの命とも言える前歯をすっかりなくしており、丈夫な入れ歯を作らせて再度、表舞台に復帰したという。現存する録音の多くは復帰後、亡くなるまでの7、8年の間に吹き込んだものである。
 ところで、配下の悪口を言うボスは多い。ベニー・グッドマン(cl)もそうだったし、バディ・リッチ(d)も金を惜しんでまともな楽団員を雇わなかった。どちらの名手も、名前と性格は「正反対」だったというわけだ。
 歯をなくすトランペッターも意外といる。古いところではビックス・バイダーベックが入れ歯だったし、近年ではディジー・ガレスピーの愛弟子ジョン・ファディスが、チュッパチャップスを年がら年じゅう舐め続けてしまった子どものようだった。チェット・ベイカーも麻薬におぼれた挙句、マフィアに歯をへし折られた。
 さて、私の手許に飛び込んできたバンクの中でもっともお気に入りは、コモドア盤の『Bunk Johnson and his New Orleans Jazz Band』(DL30007)である。先の錚々たるメンバーのリズムとオブリガートにあわせて闊達に吹きまくるバンクの雄姿はまさにセカンドライン(=葬式の帰路に演奏するにぎやかな音楽)そのもの。1942年、ニューオリンズでの録音、LP盤の発売は1959年である。その後も再生機器の進歩にあわせて何度か再発されたが、私のものはオリジナル盤で、盤もジャケットもとてもぶあつく、持ち重りがする。レーベル面もまるで昨日作られたかのように美しい。ちなみに、このジャケットの裏側にはストックホルムのレコードショップのスタンプが押されており、半世紀の間、世界各地を旅してきたようだ。

村上 謙(日本語史研究者)