木馬新聞

神戸のジャズ喫茶木馬の愛想も上々新聞です

深夜のテレビ局にて / 安田昌子

「夏が来ると心霊もの」というお約束は、近年のテレビからすっかり消えた。今や曖昧なものを放送するとお叱りを受ける。
しかし、私が毎週通う大阪の某テレビ局は、昔から「出る」とよく言われてきた。
放送機器の強力な電磁波に霊が寄るんだとか…。元来怖がりの私は、人けのない夜中の会議では、トイレを我慢してしまうこともある。
ある時、担当番組のプロデューサーが急死した。その人は番組を立ち上げ、十年以上育て上げた人だ。前日まで会議に出て本当に「ぷっつり」いなくなったので、心底驚いた。
葬儀後、初の会議の日。遅刻魔揃いの会議室は、定刻の夜八時を過ぎても、私一人きりだった。
寒い。広い部屋が今日は殊更冷える。亡くなったプロデューサーは適温へのこだわりが強く、一番偉い人なのに、いつも会議中何度もせかせかとエアコンパネルに近づき、ボタンをいじっていたのを思い出す。
ふと、その人がいつも座っていた席を見た。耳が痛くなるような静寂。一瞬「出るかな」と思った。そして私は咄嗟に念じた。「出てこいやっ‼」
程なく、わらわらとスタッフが入ってきた。
「ちょっと寒くない?」「そうだね」
でもパネルの所へ歩いて行く人はいない。
「いつもの温度調節してくれる人がいればね」
「そうそう」
言うだけで結局誰も動かない。私も含め、この会議は面倒臭がりばかりなのだ。幸いここは「出る」テレビ局だから、そのうちあの人が、温度調節に来てくれるかもしれない。ついでに良いアイデアもくれたりして。私はもう夜中のトイレが怖くなくなった。

安田昌子
放送作家。元木馬スタッフ。マスターにビリー・ホリデイと男女の機微を教わる。