木馬新聞

神戸のジャズ喫茶木馬の愛想も上々新聞です

私ごとのこと 「哲さんの夢飛行」/ 木馬マスター

—パリ16区、ラ・フォンテーヌ街にある赤い扉のカフェ。ウェールズの緑のパッチワークの大丘陵。夕暮れのベネツィア、サンマルコ広場の弦楽カルテット。グラス片手に男たちは、哲さんの話に聞きほれ、まだ見ぬ異国を思い描いていた。ところがある日、哲さんが亡くなった。その数ヶ月後、
「うちの哲さんは一度も海外に行ったことがない」と奥さんから聞かされ、男たちは驚いた。
「酒は男を旅させてくれる!」と哲さんが丸い氷を指でかき回しながらそう云っていたのを思い出した。
哲さんの命日には、彼が忘れていった帽子が彼の指定席に置かれ、その横には旅の話を聞いた男たちからのプレゼントの地球儀。—随分前のことを、思い起こして綴ってみたショートショート。

 哲さんは酒を飲んでは男たちと素敵なカオスの世界をさまよう、横丁のバーからいつしか異国の下町のバーへ。そして自分の話で旅情、旅愁を掻きたてている男たちのために空想の旅を作っては誘う。
嘘は罪というが、この主人公のウソは善のウソの類いで、つまりエンターテイメトの提供で、そんなに罪作りでもない。
我々もウソをつきながら生きている。
「貴方は香水のつけ方が解ってない」とか「この服、どぉー」と会った瞬間云われて「似合ってない!」なんて思うままに云ってたら世の中生きては行けない。
それに自分自身にもウソをつきながら生きている。好きな女にふられて絶望のあと「ふん、女なんていくらでもいるわ。」
その度ごと自分に言い聞かせる。これは心の防衛本能でひとつの健康法。
シェイクスピアの格言、「世界は一つの舞台、全ての人間は男女を問わず役者にすぎぬ」といっている。