木馬新聞

神戸のジャズ喫茶木馬の愛想も上々新聞です

月の光 / 深川和美の本日休演

 二十三才の六月十四日、パリへ住もうと渡仏。バスチーユ広場に近いホテルを2泊取り、部屋に籠って住宅物件に電話をかけ続ける。
3日目でようやくモンパルナスにある一つのアパルトマンを見に行くことになった。
とても古い建物でアパルトマンに入るためのコード(暗証番号)もなく、庭には裸電球がつるされていて、中庭にはお花がいっぱい。
映画の撮影などにも使われていたらしく、ルネ・クレールの映画に出てきそうな雰囲気だった。
「このアパートの入居条件は窓辺にお花を植えてくれる人。」
「下の階は陶器の工房と合唱団の練習場。」
「向かいは親切なゲイのカップル。」
「隣は耳の悪いおばあさんで練習もいっぱいできる環境よ。」
「ホテルはお金もかかるし今日から住んでもいいわよ。でも、しばらく空き家だったから電気通ってないけど。」とマダム。
だいぶ離れた自宅から、すぐさま毛布を運んでくれる。
その間に私はレンヌ通りでロウソク立てとロウソクを買い、カーテンのない、電気も通じない部屋で月の光を浴びながらワクワクして寝たのでした。
さて翌朝、パリで最初に行ったところは、シャンゼリゼでもエッフェル塔でもオペラ座でもなく、モンパルナスのヴァヴァンの交差点でした。
サティ、マン・レイ、コクトー、ジャコメッティ、モディリアーニ、ピカソ、ヘミングウェイ、ストラヴィンスキーなど・・・
後の世に名を残すことになる若き芸術家が語り合い、刺激し合い、贅沢なコラボレーションが日常的に繰り返されていたカフェ「ラ・ロトンド」や「クーポール」などへ行きたかったのです。
いま音楽をしながらも木馬にいるのは必然だったのかもしれません。

深川和美(声楽家)