ずっと昔の「木馬」は、生田神社の第一鳥居付近のビルの地下にあった。あれから木馬も42年になる。もうすぐ新しい年号になるが、今振り返ると良き昭和の時代でもあった。
ほの暗い店は大音量でジャズが流れ、紫煙がたちこめて店内の照明が霞むぐらいだったが誰からも文句が出なかった。黙りこくったジャズキチたちが音楽に耳を傾ける。奥の片隅は新聞記者、営業マン、売れない芸術家たち、常連のアジト状態。そのせいもあって、はじめての人はなかなか入りづらい隠れ家だった。
或る日、一人の若い女性が、重そうなボストンバックを引きずりながらカウンター席に座った。マンハッタンをオーダー。セミロングの髪に白いブラウス、見かけは大人の女、その割にはウブさを感じさせる横顔。
私は「ウィスキーは何に、 マンハッタンのベースは何にしましよう」背伸びした若い女性客は厄介だと思い、但しながら聞き直した。
「バーボンにしてください、できたらまろやかに。」こりゃしかたないかと、シェーカーを振った。
小一時間もしてカウンター席は彼女ひとりになった。終始寡黙だったが、思いたったのか顔を上げたので「お代わりですか」と聞く。
「はい。でもその前に聞きたいレコードがあるんです。」「それは?」
『レディ・イン・サテン』です。
およそ察しが付く、失恋か喧嘩別れでもあったのだろう。
「今、どのくらい?・・・わたしの存在」
不在の行方を果てしなく追いかける。
恋の行方など誰も知らない、タバコの煙と一緒にどこかの空に消えるだけ。
そんなわけで、私が選んだ、切ないジャズ・ボーカル10選。
FAVORITE JAZZ BALLAD
● Helen Merrill “With Clifford Brown”
Don't Explain
● Billie Holiday “Lady In Satin”
You Don’t Know What Love Is
● Sammy Davis Jr “サミーとギター”
Everytime We Say Goodbye
● Frank Sinatra “Where Are You”
I’m A Fool To Want You
● Jeri Southern “When Your Heart's On Fire”
Smoke Gets in Your Eyes
● Monica Zetterlund “Waltz for Debby”
Once Upon A Summertime
● Chris Connor “At The Village Gate”
Goodbye
● Stacey Kent “The Changing Lights”
How Insensitive
● Linda Ronstadt“Linda Ronstadt& nelson Riddle”
What's New
● Nat King Cole
Unforgettable
木馬新聞/第1版/2019年4月